退去時のタバコ・ヤニの原状回復請求は妥当?【2026】国交省ガイドラインの読み方と相談先
目次
はじめに:本記事の前提と免責
本記事は、e-Gov 法令検索で取得した民法(https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)の条文と、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」の本文 PDF(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf、案内ページは https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html)を一次情報源として、2026 年 8 月時点の考え方を第三者の立場で整理したものです。特定の物件・管理会社・請求内容について妥当性を判断するものではなく、個別の紛争解決を目的とするものでもありません。本記事の執筆者は弁護士ではなく、本記事は法的助言ではありません。請求内容に疑義がある場合は、後述の公的窓口や、弁護士・司法書士等の有資格者にご相談ください。本記事は喫煙を推奨するものではありません。
そもそも「原状回復」とは何を指すのか
民法 621 条は「賃借人の原状回復義務」として、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」と定めています(出典: e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)。条文のかっこ書きで、通常損耗と経年変化が明示的に除かれている点がポイントです。
ガイドラインも同じ立場を取り、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。Q&A では「賃貸借における原状回復とは、賃借人が入居時の状態に戻すということではありません」と明言されています(出典: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf)。つまり議論の焦点は、「入居時と同じにするか」ではなく「その損耗が通常の使用を超えるかどうか」になります。
ガイドラインの位置づけ — 基準であって法律ではない
実務上とても重要なのに見落とされがちな点があります。ガイドライン自身が、「ガイドラインは、あくまで負担割合等についての一般的な基準を示したものであり、法的な拘束力を持つものでもない」と書いていることです。冒頭でも「その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきものであると考えられる」としています(出典: 同上)。
このため、「ガイドラインにこう書いてあるから請求は無効だ」とも、「ガイドラインどおりだから全額払うべきだ」とも、単純には言えません。ガイドラインは、当事者が話し合うときの共通のものさしとして広く使われている一般的な基準であり、最終的な負担は契約内容と実際の使用状況を踏まえて個別に決まる、というのが正確な理解です。以下では、この前提のうえで貸主側の根拠と借主側の論点を順に見ていきます。
貸主側の根拠:タバコのヤニ・臭いはどう分類されているか
ガイドラインの別表は、損耗等を A(経年変化・通常損耗)、B(賃借人の故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等)などに区分しています。タバコ等のヤニ・臭いは、B の区分、すなわち「賃借人の使い方次第で発生したりしなかったりするもの(明らかに通常の使用による結果とはいえないもの)」に置かれています。
考え方として示されているのは次の記述です。「喫煙等によりクロス等がヤニで変色したり臭いが付着している場合は、通常の使用による汚損を超えるものと判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件での喫煙等が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。」(出典: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf)。禁煙物件で喫煙していた場合は、通常損耗を超えるかどうかという議論に加えて、契約上の用法違反という別の論点が乗ることになります。
あわせて、エアコンの内部洗浄については「喫煙等による臭い等が付着していない限り、通常の生活において必ず行うとまでは言い切れず、賃借人の管理の範囲を超えているので、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる」と記載されています(出典: 同上)。裏を返せば、喫煙等による臭いが付着している場合には扱いが変わり得るという書き方になっており、請求項目にエアコン洗浄が含まれることがあるのはこの記述が背景です。
借主側の論点:範囲と経過年数
「借主負担になり得る」ことと「請求された金額がそのまま妥当である」ことは別です。ガイドラインは、負担の範囲と割合について具体的な条件を置いています。
- 居室全体になる条件: 「喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、当該居室全体のクリーニングまたは張替費用を賃借人負担とすることが妥当と考えられる」と、「のみ」という限定付きで書かれています
- 通常の負担単位: 壁(クロス)は「㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損させた箇所を含む一面分までは張替え費用を賃借人負担としてもやむをえないとする」とされています
- 経過年数の考慮: 壁(クロス)は「6 年で残存価値 1 円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する」とされています。入居期間が長いほど、同じ張替え費用でも借主の負担割合は小さくなる考え方です
- 経過年数を考慮しないものもある: 畳表は経過年数を考慮しない、フローリングの補修は経過年数を考慮しないなど、部位によって扱いが異なります
- 第三者の行為・不可抗力: 震災等の不可抗力による損耗や、上階の居住者など当該賃借人と無関係な第三者がもたらした損耗等は、賃借人が負担すべきものでないことは当然である、と明記されています
(いずれも出典: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf)。したがって、見積書を確認するときの実務的な着眼点は、①どの部位が、②どの単位(㎡・一面・居室全体)で、③経過年数の減価が反映されているか、の 3 点になります。金額の総額だけを見て高い・安いを判断しても、話し合いは進みにくいのが実情です。
特約がある場合はどう考えるか
賃貸借契約に「退去時のクリーニング費は借主負担」「ヤニ汚れは全額借主負担」といった特約が置かれていることがあります。ガイドラインは、経年変化や通常損耗に対する修繕義務等を賃借人に負担させる特約について、「賃借人に法律上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため、次の要件を満たしていなければ効力を争われることに十分留意すべきである」として、次の 3 要件を挙げています(出典: 同上)。
- ① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- ② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- ③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
ガイドラインはさらに、最高裁判例として「賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である」との判断が示されていることを紹介しています(出典: 同上)。ただし、個別の特約が有効かどうかの判断は事案ごとに異なり、本記事で結論を示すことはできません。契約書の写しを持参のうえ、専門家にご相談ください。
ガイドラインが紹介している裁判例(事例 31)
ガイドラインの裁判例編には、タバコのヤニに関する事案が収録されています。事例 31 として紹介されている神戸地方裁判所尼崎支部判決 平成 21 年 1 月 21 日は、賃借人が敷金の返還を求めた事案です。ガイドラインの要約によれば、裁判所は、本件クロスの変色は喫煙によるタバコのヤニが付着したことが主たる原因でありクロスの洗浄によっては除去できない特別損耗であるとしたうえで、本件変色の補修はクロスの全面張替えによるしかないが、賃借人は補修金額としてクロスの張替え費用から本件クロスの通常損耗による減価分(減価割合 90 パーセント)を控除した残額を負担することとなる、と判断しました(出典: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf)。
また同判決は、本件賃貸借契約上、本件住宅内での喫煙は禁止されていないから、賃借人夫婦が本件住宅内で喫煙したこと自体は善管注意義務違反とはならない、とも述べたとガイドラインは要約しています(出典: 同上)。この事案は入居から退去まで 7 年以上が経過しており、減価割合の大きさはその期間を前提としたものです。判決はあくまで当該事案についての判断であり、他の事案に同じ結論が当てはまることを意味するものではありません。個別の見通しについては弁護士にご相談ください。
請求内容を確認するときの手順
トラブルの多くは、退去のときではなく入居のときに芽が出ます。ガイドライン自身も、退去時の問題と捉えられがちな原状回復を「入口」すなわち入居時の問題として捉えることを掲げ、入退去時の物件の確認等のあり方を示しています。喫煙される方が部屋を借りる場合の段階別チェックは 喫煙者の賃貸・引越しチェックリスト に、これから借りる側が内見で確認する視点は 部屋探しでのにおいのチェックと「禁煙物件」の見分け方 にまとめています。ベランダでの喫煙をめぐる論点は ベランダ喫煙の法的リスクと判例の解説 をご覧ください。
- 見積書を明細まで出してもらう。対象箇所・単位(㎡・一面・居室全体)・単価・数量・経過年数による減価の反映が分かる形で確認します
- 契約書の原状回復に関する条項と特約を読み直し、提示された請求内容と整合しているかを照らし合わせます
- 入居時・退去時の写真を並べて、どの損耗がいつからのものかを確認します。日付が分かる形の記録が残っていれば、その根拠になります
- 入居期間を確認する。クロスは 6 年で残存価値 1 円となるような負担割合の算定が示されているため、入居期間は負担割合に直結します
- 疑義がある点は口頭ではなくメール等の記録に残る形で質問する。回答も書面またはメールで受け取ります
- 合意できない場合は、支払う前に公的な相談窓口や専門家に相談する。いったん合意して支払った後は、話し合いの前提が変わることがあります
どこに相談できるか
消費者庁は、全国共通の電話番号「188」の消費者ホットラインを案内しています。同ページによると、地方公共団体が設置している身近な消費生活センターや消費生活相談窓口を案内する仕組みで、施設点検日や年末年始を除いて原則毎日利用でき、相談は無料ですが相談窓口につながった時点から通話料金の負担が発生するとされています(出典: 消費者庁 https://www.caa.go.jp/policies/policy/local_cooperation/local_consumer_administration/hotline/)。
また、日本司法支援センター(法テラス)は、情報提供業務や民事法律扶助(無料法律相談・弁護士等費用の立替)などを行っており、法テラス・サポートダイヤル 0570-078374(平日 9 時〜21 時、土曜 9 時〜17 時)を案内しています(出典: https://www.houterasu.or.jp/)。利用の条件や最新の受付時間は、必ず公式サイトでご確認ください。このほか、お住まいの自治体の住宅相談窓口や弁護士会の法律相談も選択肢になります。
おわりに:総額ではなく、範囲と割合を見る
退去時のタバコ・ヤニの請求は、「請求すること自体が不当」でも「請求されたら全額払うしかない」でもありません。ガイドラインは、借主負担になり得ることと、その範囲と割合には条件があることの両方を書いています。確認すべきは総額ではなく、どの部位が、どの単位で、経過年数がどう反映されているか、です。入居中の位置づけ全般については 喫煙者の賃貸・引越しチェックリスト を、屋外で吸える場所を探す場合は モットスイタイの喫煙所マップ で自宅周辺の指定喫煙所を確認できます。なお、自治体によっては路上喫煙を条例で禁止し過料の対象としている区域があるため、自治体別の路上喫煙ルールのまとめ もあわせてご確認ください。
タバコ・ヤニの原状回復請求を確認する 5 ステップ
請求内容を国土交通省ガイドラインの考え方と突き合わせて確認する手順。本手順は法的助言ではなく、個別の判断は専門家にご相談ください。
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ステップ 1
見積書を明細まで出してもらう
対象箇所、負担単位(㎡・一面・居室全体)、単価、数量、経過年数による減価の反映が分かる形で明細を求めます。総額だけの提示では、ガイドラインの考え方と照らし合わせることができません。
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ステップ 2
契約書の原状回復条項と特約を読み直す
原状回復に関する条項と特約の文言を確認し、提示された請求内容と整合しているかを照らします。特約がある場合は、契約時にどのような説明を受けたかも思い出して整理しておきます。
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ステップ 3
「居室全体」の条件に当てはまるかを確認する
ガイドラインは、居室全体の費用を借主負担とするのは居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ妥当としています。一部の壁面にとどまるのか、居室全体に及んでいるのかを、写真等の記録と照らして確認します。
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ステップ 4
入居期間と経過年数の反映を確認する
壁(クロス)は 6 年で残存価値 1 円となるような負担割合の算定が示されています。入居期間を確認し、見積書に減価が反映されているかを見ます。反映が読み取れない場合は、書面またはメールで根拠を質問します。
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ステップ 5
合意する前に公的窓口・専門家に相談する
疑義が残る場合は、支払いや合意の前に消費者ホットライン 188 や自治体の住宅相談窓口、法テラス、弁護士会の法律相談などに相談します。やり取りは記録に残る形で行い、契約書・見積書・写真を持参します。
よくある質問
Q.タバコのヤニでクロスを全面張替えする費用は、必ず借主が全額負担するのですか?
A.必ず全額とは限りません。国土交通省のガイドラインは、居室全体の費用を借主負担とするのは「喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ…妥当と考えられる」と限定しており、さらに壁(クロス)は「6 年で残存価値 1 円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する」としています(出典: https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf)。実際の負担は契約内容と使用状況により個別に決まります。金額の妥当性については専門家にご相談ください。
Q.国交省のガイドラインには法的な拘束力がありますか?
A.ガイドライン自身が「あくまで負担割合等についての一般的な基準を示したものであり、法的な拘束力を持つものでもない」と明記しています。また「その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきもの」ともしています(出典: 同上)。当事者が話し合うときの共通のものさしとして広く使われている、という位置づけです。
Q.契約書に「ヤニ汚れは全額借主負担」と書いてあれば、そのとおりになりますか?
A.ガイドラインは、通常損耗等の修繕義務を賃借人に負担させる特約について、①特約の必要性があり暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること、②賃借人が通常の原状回復義務を超えた義務を負うと認識していること、③賃借人が義務負担の意思表示をしていること、という 3 要件を満たしていなければ効力を争われることに留意すべきとしています(出典: 同上)。個別の特約が有効かどうかは事案により異なるため、契約書を持参して専門家にご相談ください。
Q.禁煙物件で喫煙していた場合はどうなりますか?
A.ガイドラインは、タバコ等のヤニ・臭いについて「なお、賃貸物件での喫煙等が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる」と記載しています(出典: 同上)。通常損耗を超えるかどうかという論点に加えて、契約上の用法違反という別の論点が加わることになります。具体的な取扱いは契約条項によるため、専門家にご確認ください。
Q.請求金額に納得できないとき、どこに相談すればよいですか?
A.消費者庁は全国共通の消費者ホットライン「188」を案内しており、身近な消費生活センターや消費生活相談窓口につながります(出典: https://www.caa.go.jp/policies/policy/local_cooperation/local_consumer_administration/hotline/)。日本司法支援センター(法テラス)は情報提供業務や民事法律扶助を行い、サポートダイヤル 0570-078374 を案内しています(出典: https://www.houterasu.or.jp/)。自治体の住宅相談窓口や弁護士会の法律相談も選択肢です。
