ベランダ喫煙はどこまで許される?【2026】名古屋地裁の判決と健康増進法 27 条の配慮義務
目次
はじめに:本記事の前提と免責
本記事は、e-Gov 法令検索の健康増進法(https://laws.e-gov.go.jp/law/414AC0000000103)および建物の区分所有等に関する法律(https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000069)、厚生労働省「なくそう!望まない受動喫煙。」(https://jyudokitsuen.mhlw.go.jp/)、国土交通省のマンション標準管理規約(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html)を一次情報源として、2026 年 8 月時点で確認できた内容を第三者の立場で整理したものです。判決の内容は公開されている解説記事をもとに紹介しており、判例集の掲載号については確認できなかったため記載していません。本記事は特定の事案について法的な結論を示すものではなく、法的助言でもありません。個別のご事情については、弁護士・自治体の相談窓口・マンション管理の専門家にご相談ください。本記事は喫煙を推奨するものではなく、同時に喫煙する方を非難する趣旨でもありません。喫煙する人と喫煙しない人が同じ建物で暮らし続けるための、事実の整理として書いています。
前提:バルコニーはどう位置づけられているか
議論の出発点として、バルコニーの法的な位置づけを確認しておきます。国土交通省が公表しているマンション標準管理規約(単棟型)では、バルコニーは「専有部分に属さない建物の部分」として共用部分の範囲に挙げられ、そのうえで区分所有者がバルコニー等について専用使用権を持つことを承認する、という構成がとられています(出典: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html)。
つまり、バルコニーは「その住戸の人が使える場所」であると同時に「建物全体の共用部分」でもある、という二面性を持ちます。「自分の部屋の一部だから何をしても自由」という理解も、「共用部分だから個人の使用に配慮は不要」という理解も、どちらもそのままでは正確ではありません。実際の扱いは、各マンションの管理規約・使用細則にどう書かれているかによって変わります。
なお、同じ標準管理規約のコメントには、喫煙について「共用部分においてそれを認める、認めない等の規定、認める場合におけるその場所など遵守すべき事項、これらの事項に違反した者に対する措置等について、使用細則で定めることは可能である」とあり、続けて「他の区分所有者及び占有者との円滑な共同生活を維持する観点から、周囲の状況に配慮した方法で喫煙することが望ましく、使用細則において、そうした規定を盛り込むことも考えられる」と記されています(出典: 国土交通省 令和 7 年改正マンション標準管理規約(単棟型)コメント第 18 条関係 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html)。禁止一辺倒でも放任でもなく、「配慮した方法で吸う」という中間の着地が、国が示すひな形の段階で想定されていることが分かります。
健康増進法 27 条が定める「配慮義務」の中身
健康増進法 27 条 1 項は次のように定めています。「何人も、特定施設及び旅客運送事業自動車等(以下この章において「特定施設等」という。)の第二十九条第一項に規定する喫煙禁止場所以外の場所において喫煙をする際、望まない受動喫煙を生じさせることがないよう周囲の状況に配慮しなければならない」(出典: e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/414AC0000000103)。学校・病院・飲食店といった「特定施設」の喫煙禁止場所での喫煙は 29 条が禁止しており、27 条 1 項はそれ以外の場所――路上や自宅のベランダを含みます――で吸うときの規定です。
また同条 2 項は「特定施設等の管理権原者は、喫煙をすることができる場所を定めようとするときは、望まない受動喫煙を生じさせることがない場所とするよう配慮しなければならない」と定めています(出典: 同上)。喫煙する個人だけでなく、喫煙場所を設ける側にも配慮を求める構造になっている点は、実務上あまり知られていません。
- 27 条 1 項の名宛人は「何人も」。事業者に限らず、個人が自宅で喫煙する場合も含まれます
- 求められているのは「周囲の状況に配慮すること」であって、私有地での喫煙を禁止する条文ではありません
- 27 条には罰則の定めがなく、同法 76 条〜78 条の過料規定も 27 条を対象としていません(76 条は 32 条 3 項等、77 条は 29 条 2 項の命令違反等を対象と明記)
- 一方で「配慮」を欠いた喫煙が、民事上の評価においてまったく無関係とは限りません。この点は個別の事情によります
- 屋内施設については、改正健康増進法(2020 年 4 月 1 日全面施行)により第一種施設は敷地内禁煙、第二種施設は屋内原則禁煙という別の枠組みがあります(出典: 厚生労働省 https://jyudokitsuen.mhlw.go.jp/)
施設区分や喫煙室の 4 種類を含む制度全体の整理は 改正健康増進法の解説記事 にまとめています。喫煙者として賃貸契約前に確認しておきたい項目は ベランダ喫煙の法的リスクと賃貸契約前のチェック、引っ越し時の実務は 喫煙者の引っ越しチェックリスト で扱っています。
名古屋地裁 平成 24 年 12 月 13 日判決が判断したこと
事案は、マンションの上階に住む居住者が、階下の居住者のベランダ喫煙によって体調を悪化させられたとして、約 150 万円の損害賠償を求めたものです。判決は、請求のうち慰謝料 5 万円を認めました(出典: 大阪市マンション管理支援機構 https://www.osakacity-mansion.jp/hanrei/hanrei-11、弁護士 谷直樹 https://medicallaw.exblog.jp/19810179/)。
判決の要点として解説記事が共通して挙げているのは、次の点です。第一に、自己の所有物の範囲内であっても、その行為が第三者に著しい不利益を及ぼす場合には制限が加えられるのはやむを得ない、という考え方が示されたこと。第二に、他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながら、再三の注意にもかかわらず喫煙を続け、防止措置をとらない場合には、ベランダ喫煙が不法行為を構成し得ると述べたこと。第三に、その判断は使用細則に喫煙禁止の定めがない場合でも同様だとされたことです。裁判所が不法行為と認定したのは、管理組合が掲示等で注意喚起を行った後の期間についてでした。
- 請求額は約 150 万円、認容されたのは慰謝料 5 万円
- 「知りながら」「再三の注意にもかかわらず」「防止措置をとらない」という事情の積み重ねが重視された
- 使用細則に喫煙禁止の定めがない場合でも、不法行為となり得るとされた
- 管理組合が掲示等で注意喚起を行った後の期間が問題とされた
- 判決は地方裁判所の判断であり、最高裁が一般則を示したものではない
この判決が「言っていないこと」=射程の限界
この判決はインターネット上で頻繁に引用されますが、その過程で内容が拡大されて伝わっていることがあります。正確に読むなら、次の点は「言われていない」と理解しておく必要があります。
- 「ベランダ喫煙は違法である」とは述べていません。一定の事情が重なった場合に不法行為となり得る、という判断です
- 「同じような状況なら必ず慰謝料が認められる」とも述べていません。損害賠償が認められるかどうかは、個別の事情によって判断されます
- 認められた金額(5 万円)が、この種の事案の相場を示すものでもありません
- 注意喚起や申し入れがまったくない段階での喫煙について、判断を示したものではありません
- 戸建てや、マンション以外の住まいでの喫煙について直接判断したものでもありません
したがって、この判決を「訴えれば勝てる根拠」として持ち出すのも、「使用細則に書いていないから関係ない根拠」として持ち出すのも、どちらも読み方としては正確ではありません。本記事は個別の事案について結論を示すものではないため、法的な対応を検討したい場合は必ず弁護士にご相談ください。
区分所有法の枠組みではどう扱われるか
分譲マンションの場合、区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)にも関連する規定があります。同法 6 条 1 項は「区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」と定めており、同条 3 項によりこの規定は賃借人などの占有者にも準用されます(出典: e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000069)。
そして同法 57 条 1 項は、区分所有者が 6 条 1 項に規定する行為をした場合などに、他の区分所有者の全員または管理組合法人が、その行為の停止等を請求できると定めています。ただし同条 2 項は「前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない」としており、訴訟という段階に進むには管理組合の集会決議という手続きが必要です(出典: 同上)。
ここから分かるのは、区分所有法が想定しているのが「個人が個人を訴える」構図ではなく、「管理組合という共同体が手続きを経て対応する」構図だということです。つまり制度の設計としても、いきなり裁判ではなく、管理組合を通じた段階的な対応が前提になっています。なお、ある行為が「共同の利益に反する行為」に当たるかどうかの評価は個別の事情によるため、判断が必要な場合は弁護士やマンション管理の専門家にご相談ください。
喫煙する側から見た読み方
喫煙する立場からこの判決を読むと、実務的な含意は「吸うこと自体が直ちに問題になるわけではないが、周囲からの申し入れを受けた後の対応が評価を分ける」という点に集約されます。判決が重く見たのは、著しい不利益を与えていると知りながら、注意を受けても続け、防止措置をとらなかったという経過でした。
- 管理会社や管理組合から掲示・案内が出た場合は、内容を確認し、自分に当てはまる部分がないかを一度検討する
- 申し入れを受けたときは、時間帯・場所を変える、本数を減らすなど、できる範囲の対応を試みたうえで、その旨を伝えておく
- 自宅の管理規約・使用細則に喫煙に関する定めがあるかを確認する(賃貸なら契約書と入居のしおり)
- 風向きや建物の形状によって、自分が思っている以上に上階・隣室へ流れている場合があります。一度確認してみる価値があります
- 室内で吸えない事情がある場合は、近隣の指定喫煙所を含めた代替手段を検討する
困っている側から見た読み方
困っている立場から読むと、この判決は「まず注意喚起という段階を踏むこと」の重要性を示しているとも読めます。裁判所が不法行為と認定したのは、管理組合による注意喚起の後の期間についてでした。逆に言えば、相手が状況を認識する機会がないまま事態が進むと、話が整理されにくくなります。
実際の進め方――記録の取り方、管理会社・管理組合への相談、掲示による注意喚起、公的窓口の順序――は 隣人のベランダ喫煙に困ったときの段階的な対処フロー に詳しくまとめました。戸建ての場合は管理組合という中間者がいないため進め方が変わり、戸建てで隣家の煙に困ったときの現実的な対策 で扱っています。分譲マンションでルールそのものを見直す手続きは 使用細則・規約の見直し手順の解説 をご覧ください。
現実的な落としどころ:ルールと代替場所をセットにする
判決も標準管理規約のコメントも、共通して「禁止か放任か」の二択を採っていません。前者は事情の積み重ねを見て判断し、後者は「配慮した方法で喫煙することが望ましい」としています。この中間を実務に落とすなら、ルールの明確化と代替場所の提示をセットにするのが現実的です。マンション周辺で使える指定喫煙所があるかどうかは モットスイタイの喫煙所マップ で確認できます。ただし路上での喫煙は自治体の条例で制限されている区域があり、過料の対象となる場合もあるため、自治体別の路上喫煙ルールの整理 もあわせて確認したうえで案内してください。喫煙する側の一般的な配慮の考え方は 喫煙者のための配慮ガイド にまとめています。
おわりに:判例は「線引き」ではなく「考え方」を示している
ベランダ喫煙について、法律が「何本まで」「何時までなら可」といった線引きを示しているわけではありません。健康増進法 27 条は配慮を求め、標準管理規約のコメントは配慮した方法での喫煙を望ましいとし、裁判例は事情の積み重ねを見て判断しました。いずれも、双方が状況を認識したうえで調整することを前提にしています。個別の事案について結論が必要な場合は、必ず弁護士・自治体の相談窓口・マンション管理の専門家にご相談ください。
ベランダ喫煙をめぐる判例と制度を正しく読む 5 ステップ
判決の射程を誤読せず、自分の状況に当てはめて次の行動を決めるための手順。個別の判断は弁護士にご相談ください。
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ステップ 1
自分のマンションの規約・使用細則を確認する
管理規約と使用細則に喫煙やバルコニーの使用に関する定めがあるかを確認します。賃貸の場合は賃貸借契約書と入居のしおりも見ます。定めの有無によって、以後の話の進め方が変わります。
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ステップ 2
健康増進法 27 条の位置づけを押さえる
27 条 1 項は「何人も」に対し、施設の喫煙禁止場所以外での喫煙時に周囲の状況へ配慮することを求めています。ただし罰則はなく、私有地での喫煙を禁止する条文でもありません。制度の射程を正しく理解しておきます。
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ステップ 3
判決が判断した事情を確認する
名古屋地裁 平成 24 年 12 月 13 日判決が重く見たのは、著しい不利益を知りながら、再三の注意にもかかわらず続け、防止措置をとらなかったという経過です。「吸ったこと」自体ではなく、経過が評価されたと理解します。
- 4
ステップ 4
判決が言っていないことを切り分ける
「ベランダ喫煙は違法」「訴えれば慰謝料が取れる」とは述べられていません。認容額も相場を示すものではありません。拡大解釈した引用を根拠に相手へ迫ると、話し合いがこじれやすくなります。
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ステップ 5
段階を踏んだ対応と、代替場所の提示を組み合わせる
記録を取り、管理会社・管理組合を通じた注意喚起という段階を踏みます。あわせて近隣の指定喫煙所の情報を示すと、禁止だけで終わらない着地を探しやすくなります。法的な対応が必要な場合は弁護士にご相談ください。
よくある質問
Q.ベランダ喫煙は違法ですか?
A.ベランダ喫煙そのものを一律に禁止する法律はありません。健康増進法 27 条 1 項は、施設の喫煙禁止場所以外の場所で喫煙する際に周囲の状況へ配慮することを「何人も」に求めており、自宅のベランダも対象に含まれますが、同条に罰則の定めはありません(出典: e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/414AC0000000103)。個別の事案が民事上どう評価されるかは事情によって異なるため、弁護士にご相談ください。
Q.名古屋地裁の判決はどんな内容ですか?
A.名古屋地裁 平成 24 年 12 月 13 日判決は、約 150 万円の損害賠償請求に対し慰謝料 5 万円を認めた事例です。他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながら、再三の注意にもかかわらず喫煙を続け、防止措置をとらない場合には、使用細則に定めがなくてもベランダ喫煙が不法行為を構成し得ると述べています(出典: 大阪市マンション管理支援機構 https://www.osakacity-mansion.jp/hanrei/hanrei-11)。個別の事情のもとで判断された一事例です。
Q.管理規約に喫煙禁止と書いていなければ問題ないのですか?
A.規約や使用細則に定めがなければ、規約違反という意味での問題は生じません。ただし前述の判決は、使用細則に定めがない場合でも、事情によっては不法行為となり得ると述べています。また国土交通省のマンション標準管理規約のコメントでは、周囲の状況に配慮した方法で喫煙することが望ましい旨が示されています(出典: 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html)。
Q.訴えれば慰謝料はもらえますか?
A.本記事は個別の事案について法的な結論を示すものではないため、その判断はできません。過去の裁判例で慰謝料が認められた事例はありますが、いずれも個別の事情のもとで判断されたものであり、同じような状況なら必ず同じ結論になるわけではありません。検討したい場合は、必ず弁護士にご相談ください。
Q.管理組合として訴訟を起こすことはできますか?
A.区分所有法 57 条 1 項は、区分所有者が共同の利益に反する行為をした場合などに、その行為の停止等を請求できると定めていますが、同条 2 項により、これに基づいて訴訟を提起するには集会の決議が必要とされています(出典: e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000069)。ある行為が共同の利益に反するかどうかの評価は個別の事情によるため、弁護士やマンション管理の専門家にご相談ください。
